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なかなか大変でもあり面白くもあり [健康]

IMG_0055.jpg10年以上前に、病気の後遺症による障がいの方一名(以降Aさん・車いすは使っていない)と他3名の合計4名で東京から岡山、広島まで旅行に行ったことがある。障がい者になると、行動範囲が狭くなるので、数年に一回でも遠出することが大事になる。今いる場所感覚に、遠い初めての場所の空間を+することで、「今」の場がはっきりと認識されやすくなる。健常者も同じですが。

新幹線も一苦労で、出入り口のドアに近い席でないと、下車するときに大変になる。動いている時に歩くのは障がい者にとっては、無理であり、ちゃんと降りられるかどうかは、かなり本人には不安である。その他トイレの場所が近いことなどを聞いてチケットを先に購入する。

そして駅に到着してから先が、大変になる。急に雨が降れば小さな駅では、駅前にお店が無いことが多い。健常者が3名いたけれど、それでも、パタパタすることが多かった。傘をさす人、在来線の発車時刻を確認する人、トイレが使いやすいかどうかを見に行く人など、それぞれがやることがある。健常者なら、改札口から数分もあれば、ホームに行けるが、障がい者は、かなり時間がかかり、いっそ次の電車にしたほうがいいかなど、悩むことも沢山出てくる。もっとシンプルな旅行企画もできるだろうが、それだと面白くない。

目的地に着いてからの小さな問題も山積で、こんなことを考えていると、仕事もそうかなと思う。分かりやすい問題は、誰しも浮かぶが、実際に動くと、一見どうでもいいようなことが実は、物事の成否に関わってくる。人気のあるレストランに車で行くとき、駐車場が少ないと、連れて行ってくれる人には、結構な負担になる。そう言うことへの、目に見えにくい配慮と言うのが、ビジネスの場では、考慮されているのかどうか。真面目で優しい人が、そういう目に見えない小さな、でも大きなことを引き受けることになっているのだろうか。


最初の旅行の話に戻れば、大事なことは、Aさんの思いをただひたすら聞くことでした(ご本人がそう思ってくれたかどうかは?ですが)。一見我儘に見えることでも、本人が本人であるために、自力でできないことへのストレスを周囲が軽減することで、楽しい旅行に近づく。サポート側も何かと不満はもちながらも、とにかくは本人の快適を心がけると、夕食が美味しくなる。
後で、不満が怒涛のようになりがちがメンバーだけとは同行しない方が無難だ。日頃からの信頼度で快適度が違う。一応の目的地は、岡山の吉備津神社と広島の厳島神社でした。
他の三人も三者三様にわがままを言える人だったので、自分だけコーヒータイム(全体には支障のない範囲)とか、結構隙間をぬって遊んでいました。

*写真 ずっと気に入っている赤鳥キャラ。車に乗っているとなかなかうまく撮れず。

発展的欠点 [健康]

身体も元気で自分で身体のバランスを取れる人は、年齢関係なく適当に生活のなかで自然体に運動ができる。でも長年動きが少なくなって急に運動を始めると、問題が起きる。その場合は、人からマッサージなどを受けた方が安全になる。

心も、好奇心やパワーがあれば、いくつになっても自分に向き合えれるけれど、ずっと自己内省をしてこなかった人は、周囲がおだてて、元気を維持することしかできなくなる。なまじ自己内省を始めると混乱する。まあ、自分にウソをついたまま突っ走るしかない。

立ち止まって、自分の心にある多様な声を静かに聴けるかどうかが、健康と密接している。
自然体で自分を守ろうとすることで、健康のレベルが上がる。

自分を知れば自分の欠点が分かる、欠点を直すのではなく、いい方向に使うことの重要さが分かってくる。長所は、誰もが似たりよってりでとても一般的だけれど、欠点にはその人の個性が溢れている。矛盾だけれど、決定的な欠点がその人らしさに繋がる。自分の欠点から多分微笑みが生まれる。

「現物」 [健康]

スーパームーン.JPG部屋をかたずけるのはいいことだけど、本は捨てない方がいい、あと、自分の書いた描いたものなども。旅行で泊まったホテルのパンフなども。「過去」に再会したい気分の時、やはり、そんな「現物」があったほうがいい。

今朝の月です、該当の上にある小さな白点ですが、目にははっきりと白く大きく見えました。

一時のラクは後のロボット [健康]

なんというのか、自分はできるだけ自力でいろんなことを維持したいという思いが強い。
病気で例えれば、何となくなってしまったので、薬を飲めばいいというようには、思えない。自分で病気になった原因を多岐にわたって検討したいと言う思い。

自分の行為や思いとは全く関係の無いことで病気になったと考えることは、いろんなことに通じてしまう。

生活で不愉快なことが多ければ、それを分析し、自分で改善できることをまず始めて見る。

不愉快さを自分とは関係ない理由だと考えると、改善の行動は起こせず、ただリラックスを外に求めがちで、一時はらくになる。
でもその延長でいけば、科学の進歩を考えれば、リラックスの脳波に外側からすればいいということになる。

生きることで起きる快不快を、ただ物理的に解決しようとすることは、とても・・・。
面倒でも一つずつ自分を被害者だと思わずに、快適に向って試行錯誤することが、人としての成長、この世に生きている意味だと思う。自分の心の因子での快不快を無視すれば、なんだかロボットに近くなる。
画像の向きの変え方が分からずとりあえずすみません。

「意識」が原動力 [健康]

病気は、身体の使い方の不都合と心のあり方の不都合から起きていくと仮定している。年齢と共に、心はそのキャパが大きくなるような生き方をしたほうがいい。でも、そんな生き方と遠い生活をしていたら、ある意味でキャパを大きくするために、一つの方法として病気が起きる可能性がある。
大病から回復した人が、「以前と考え方が変わった」と言う人がいる。病気とは、継続して健康でいるために起きているとも言える。

「いい人」が心のあり方から見ていいかと言えばそうでもない。無理をしているので、そうではない人に対して説教ぽくもなる。いい人なのに嫌われていく。
人の進化はより「自由であること」においてありえる。その自由とは、あくまでも今の立場、状況から一歩ずつである。若い人が、一気に手に入れようとすると、とても危うい。より段階をおって自由であろうとしたとき、形として今いるところから離れることも起きる。離れた結果の現実を受け入れていくのも、自分自身である。人との関係でずっとストレスが高い場合、自分のキャパを大きくすることで、状況を変えようとするのが、進化的な魂のする方法である。

病気と健康は一線上にある。(あくまでも、自分の思う仮定の話です。)

虎の門ヒルズではなく、六本木ヒルズに置かれたドラえもん66体。doraemonn.JPG

健康は「真実」から始まる [健康]

人の心身の健康と言うのは、実はすごく難しい。食べて動いて寝ると言う身体の生理に、立場、生きがい、経済、年齢、対人(仕事、家族、他)と言う心や意識が影響を受ける多くの項目が深く関わっている。 
何かをきっかけに落ち込むと、それらの複雑な要因を捉えて心を紐解くのは、至難だ。今は、そこに時代の変わり目と言う巨大な変化が押し寄せている。危機感を感じず、何とかなると思っている人の場合、かえって「変わりなさい!」と激しく言う人を気にしがちだ。その激しさに嫌悪感を感じて、かえって「変わること」を否定できてしまう。

しかし今は、もう淡々と自分と世界を見て自分のできることをしている人が増えてきていて、変わらない人、変われと激しく言う人とも違う歩みをしている。(そういう人は、もともと今までの時代からは浮いていた場合もある。)

画を描いたり本を読むこと、人と話すことは、自分を紐解くことに不可欠だ。あくまでも、「私は?」と言う視点を育てることが、自分が自分との相性を高めてくれる。健康に関して簡単な言葉ほど、実は錯覚を起こさせてしまう。難しい複雑、そんな内容にも耳を傾けることが必要になっている。身体のツボは癒しにもなるが、力の入れ方により、致命的な箇所ともなる。物事は必ず両義的な意味を持つために、その説明は複雑になって当然である。

人生を通して人の成長の真実を知ろうとすることが、実は健康の基礎であり、ごまかしを自分に許せば、健康から遠ざかる。


徐々によくなり、あるいは徐々にわるくなる [健康]

「病気前」病気「病気後」・・・病気には、こういうプロセスがある。中央の「病気」=治療である。実は大事なのは「前後」である。いきなり病気になることはなく、病気と言う結果の前に、すべきことが沢山ある。病気を引き起こしていく要因には、特に運動不足・暴飲暴食(粗食)・過剰な精神的ストレス(過剰なエゴ)があげられる。この要因に注意深くあるべきだと思う。身体の声を聞いて「休む」「習慣を変える」に挑戦することが大事。いろいろな理由を挙げて、挑戦しなければ、結果として病気に近づいていく。病気を防ぐことより大事なことがあるとすれば、仕方がない。

大型ショッピングセンターに行くと、駐車場などの設備がよいので、高齢者も多い。思い込みかも知れないが、一人で来ている高齢者(パートナーは、すでになくなっているかも知れないが)は、あまり笑顔がなく、気難しそうに見えるが、夫婦は、とても買い物を楽しんでいる雰囲気がある。60才を過ぎれば、夫婦としてどんなライフスタイルにするのかが、寿命に関わってくる。それは、もっと前倒しの年齢から必要でもある。夫婦それぞれの思う自由さを最大限に生かした関係がベースになると思う。

日本の借金が1000兆円を超えたそうである、これは病気前と言える。どんな治療が待っているのだろうか。
この風景は、殆ど同じものを夢で二度見たことがある、なんてことのない風景なのですが。川の側の一軒家、骨董品の店、ポイントもそっくり。
夢で見た風景と同じ.JPG

自身で強引に試す [健康]

自分の心の声を聞くことは、とても難しい。外側にある多くの価値感やそうあるべき、と言うことに気づくことなくとらわれている。それはそれで社会生活を営む上で大切である。でも・・・外側にあわせ続けることで、人は、健康を失っていく。健康でいたければ、心の声を聞き、それをどのように外側に適用させていくか、に夢中になることが、生き甲斐になる。

心の声を無視し続けると、現実に生きている人のようではなくなる。現実を拡大していくことが必要である。
むづかしく聞えるけれど、例えば、お化粧をしていないと外には出たくないと言う人がいれば、しないで外出することをある意味強引に試す。それによって外側の世界に感じることが増えていく、それが現実の拡大となっていく。誰にも迷惑をかけない範囲での「冒険」を取り合えず試していくこと。

ちょっとヘビーなので [健康]

_sima.JPG内容がちょっとヘビーなので、苦手な方はどうぞ遠慮下さい。
今までとても最悪の時が度々ありました、そんな感じで過ごすと、ある時に幻覚が見えてきます。目の前というか脳内と言うイメージなのか。私は何パターンかのビジョンが見えました、このまま行くと「アブナイ」。ただ、その問題以外は、まだ恵まれていた状況なので、冷静に考えることができました。

閉じこもっていた期間で、何が一番削がれていたか・・・考えたところ、運動(歩くこと)、ときちんと食材を買ってきて料理をつくって食べることでした。それを何とか無理やりプログラムし続けたところ、2ヶ月後位で、そのビジョンを見なくなりました。もし、そのままだったら、もしサポートしてくれる人たちがいなかったら?と思うと・・・。なんというか、身体は現実に置いているんだけれど、意識が別世界に入っていくんですね。

この体験は今の仕事にとても役立っています。またある程度感情が行き着くところまで行かないと、別の感情が生まれてこないこと。しかし、誰もがそこから生還できるかは・・・。

その後、これに関することで。あるアーティストの絵がその時のビジョンにとても近い。人が見る絵画として浄化されているかとは思うのですが(実物をまだ見ていないので)、いろんな意味でかなりコワい気がしました。ある種の絵画は、この人間の持つ深い闇を描いています。理論的なそれとは違います。作家と見る人の相性によっては、薬ともなり毒ともなります。

血管に気を通す [健康]

あくまでもイメージの話・・・。洗面所のパイプなど、良く水を流して使っていれば、使わないよりいたまない。血管とパイプ。血管を良く使えばやはり、詰まったりしない感じ(健康である)。血管を「良く使う」とは、食べて、歩く、話す・笑うこと(気が通る)が大事。これからの世界、本当にどんな展開になるのか分かりません。人為と天意がどういう配合になるのか。

そんな中では、健康であることが、何より大事になります。精神的に健康であるために、意識的な努力が必要。

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