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不思議な命 ブログトップ

日野原先生本当にありがとうございました [不思議な命]

7月18日に聖路加国際病院名誉理事長の日野原先生がお亡くなりになった。
生前何度かお会いさせて頂いたが、その度に、何かを与えて頂いた。それは言葉だったり、先生の人生から来る空気感だったり。

ある方が、若いころ結核で聖路加国際病院に入院されていた。その後ある分野でトップの学者になり、「日野原先生にお会いすることが、自分の夢」だと言われ、
日野原先生にお会いできないかと、お願いをしたところ、機会を頂いた。

その学者さんは、当時肝炎を患っていました、
研究や病気のことなど、しばらく対話をされたあと、先生は学者さんに「自分の枠を超えなさい」と言われた。

「超えなさい」と言う意味は、自分の内面を深く見つめてきた経験のある人にとっては、決して抽象的な意味ではなく、現実に変化を起こせる強い言葉だ。誰から言われるかがポイントだけれど。そこまでの学者であれば、当然理解できるはずと、そこにいた皆が思ったと思う。

でも学者さんは、後での食事中、その言葉がずっと不満らしく、「意味が分からない」と言われていた。私は、とても残念だな、とその時思いました。

学者さんより、はるかに年上で、多くの体験をされてきた日野原先生は、無駄なことは言わない方だった。初めて会う人には、一瞬凝視されることがとても印象的でした。仕事や生きることの厳しさと面白さを暗黙に伝えて頂いたと思います。人や何かをいつも新鮮な眼差しで見られていたように感じる。IMG_0886.jpg

心よりご冥福をお祈り申し上げます。


先生から頂いた推薦文です。
 平成17年10月25日  
「アートセラピストアカデミー(有)では、アートを通して、人に憩いの時と場を提供し、心をより健康にするプログラムが紹介されている。」



窮屈な意識がパワハラの根源 [不思議な命]

人は、ささやかなことであっても新しい種を自分に植えることで、成長していく。すでに植物が植えてある植木鉢に、また新しい植物を植えれば、スペースが無くなり、風通しが悪くなって、枯れていく。でも人は、意識、キャパシティの広がりによって、古い花を枯れさせずに新しい種を植えていくことができる。新しい種を植えるからキャパが広がるのか、キャパが広がったから新しい種を植えられるのかどちらが先か?だが、いずれにしてもキャパの拡大を無意識で望んで、新しい種をどこからか持ってくる。しかし中には、どうしても同じ植木鉢に新しい種を入れずに使い続けたい人がいる。「植木鉢が小さいのでは、新しい花を植えたら」、などと人が言うと怒る。これが上司だったり、家族だったりすると、それぞれ場で実権を持っているだけに、手におえない。
2014_0331エクステリア0119 (640x427).jpg
大げさに聞こえるが、人類はそろそろ集合無意識的に大きな器に移る時期ではないだろうか。そうしないと、有形無形の外圧によって、既に小さくなった植木鉢が壊されそうだ。
何故キャパの拡大、意識の広がりが必要なのか、これは「健康」と深く関わっている。

神話の遺伝子がある [不思議な命]

ootoyo.JPG国に神話があるように、人にも神話がある。親や地域、今の状況、それらを一度俯瞰すると、物語が見えてくる、そこに不合理な現実だけれど、意識の深いところで、受け止めることができるれば、単に物語ではなく、神話になる。人としての神話の基盤は、共生のメッセージを持っている。自分の価値感を苦しいけれど譲った期間、何かに負けたような気がする、でも人生を俯瞰すれば、その後に、自分が以前より生きやすくなっていることに気づく。違った価値感、実は既に自分の中にあるものだけれど、それを発掘するには、苦しい現実がある。違う価値感を受け入れたと言う自由選択の意識があれば、より自由になる、

でも選択させられたと思えば、その期間は、まるで自分にとっての異物になり、意識化で排除しようとする。個人の神話と壮大な人類全体のあらたな神話が平行し始めている、そんな気がしている。高知の山の神社で、霊感を感じた。霊感とは特別なことではなくて現在の延長上のことだけれど、もっと先に繋がる何か、日本の風景は、それを感じやすいように思う。意識の新しい鍵。上流の水平に流れている川の先は、とりあえず見えない、その先にある滝は垂直方向だから。上流の川の先は見えない、けれどまた違う形に繋がっている。

連鎖に入らない [不思議な命]

百合.jpg病気になったときに、回復への重大な秘訣がある。病気は社会的背景と繋がっている。病気だけではなく、いろんなことを考えてしまい、もっと悪くしてしまう。仕事やお金や家族関係など不安の連想をして、もっと悪い状態へと行ってしまうことがある。今治癒に向かっている状態、ただそれだけを考えること。病気の背後には、社会的に巨大な負の連鎖の世界がくっついている。そこの連鎖に自分が閉じ込められないこと、難しくてもそれに挑戦すること。命を守ること、その力が一番これから大切になる。

状態 [不思議な命]

sippo.JPG固体・液体・気体って、とても気になる世界である。氷を見ていると、液体にもなりたいんだろな、って思うと、段々と、とけていく(当然ですが)。眺めていて気持ちのいい風景は、この三つの要素が混ざっていることが多い。山の岩と湖と朝靄・・・。徳島県の大歩危と言う場所は生まれた高知県の山間に近い、風景もそっくりです。急な山の斜面に家があり、朝、部屋の中に、雲が入ってきた!徳島の祖谷は、「いや」と読みますが、谷をせと読むと「いせ」になり、紀伊半島と似た地名が多くあります。
沙漠ってなんだろう・・・。砂の一粒一粒は固体だけれど、全体は液体の海のように見える。人も骨と言う固体があって、血液やその他の液体、と酸素での呼吸。骨からは意志、血液からは感情、呼吸には霊的なイメージがある。そのバランスが健康と関わっているように思う。
大歩危http://www.youtube.com/watch?v=qJmvUEw0r8E

*写真:まるで大きな猫の尻尾のような雲

テレパシー [不思議な命]

sakitama.JPG外見には、そのまま本人の情報があらわされている。引きこもり的な人は、どこかスキが無さ過ぎたりする。人に気にされたくない人は、印象に残らない服装の場合が多い。閉鎖的なのに、かなり派手な色を着ている人は、無意識だがSOSを発している。そのアンバランスに、気がついてくれる人がいるので、自分からはSOSを言いたくない人が、そうすることが多い。気がついた人は、何となくその人を気遣ってしまう。

しかしそのアンバランスな人は、人の助けを受け取りたくない人なので、気にする人に「え!」と言う顔をする。この場合、アンバランスな人は、その目的を達しているが、気にした人は、何となく落ち着かない気分になる。


これからの時代、こんなテレパシー的応対が対話の基盤になっていく。気づく力が高い人は、ストレスが高くなるので、先ほどのような場合、「気にしないこと」が必要になる。気にし過ぎの人は、まだ自分自身が、そのレベルでの体験を必要としていると言うことになるので、気にして疲れた場合は、自己責任である。

子供や大人のいじめにも、言外のエネルギーのやりとりが根底にあるために、言葉だけの説明では、説明がつかなくなる。
(写真:さいたま前玉神社)

光と風 [不思議な命]

DSCF1761.jpg近くで植木祭と言うのがあり、行って見ました。小さな鉢植えを買い、販売している庭木創りのおじさんに、「部屋の中でも大丈夫ですか?」と聞いてみました。おじさんは「生き物だからね、光と風が必要だから、部屋は無理だよ」。光は、分かりますが、風と言われて思わずハッとした。




都心のオフイスや病院で思うことは、一年中窓を開けてそうにないこと。気持ちのいい風の季節も、閉めたままです。風との出会いで、何かを決断することって、結構あって。神の息吹と言う感じでしょうか。冬、北風に向かって歩いているとき、最初は「対立」的な気分がありますが、歩き続けると「乗せてくれる」感じに変わります。数値化、言語化しにくい力で生命が成り立っています。そんな力を感じないと言うことは、そんな力から助けられないと言うことになります。

(写真は近くの公園です)
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